2008年03月20日

人生を変えた3人の先生 その二5

9e43f44a.jpg知的生産の技術研究会はその著者である梅棹 忠夫氏を尊敬し、その著書を敬愛する人たちで構成され、多くはビジネスマンであった。
久恒氏のようなJALで活躍しているバリバリの方も多かった。

知研仙台支部を立ち上げると豪語してしまった私は、とりあえず八木前理事長に会いに行き、その段取りをご教授願った。こう言うことにかけては若いころから今も変わらぬ行動力である(。・ω・)ノ゙

会費の納入方法や支部設立の手続きをして、メンバーをかき集め、なんとか体裁が整ったのは数ヵ月後である。

そんなとき久恒氏から携帯に電話があった。
久恒氏「今度、仙台に行くことになったんだ」
私「はぁ、転勤ですか?」
久恒氏「JAL辞めてね、新設される宮城大学の教授になることになった」
私「えーっ!!マジですか・・・」
久恒氏「ついては、宮城に知り合いは檜野君しかいないので、身の回りのこととか協力してよ」
私「はぁ。。。はい・・・」(この頃から無茶振りだった)
久恒先生と奥様
と言うことで、奥様とご一緒に家財道具や食糧を揃えられる店を案内して、仙台・泉区の立地と環境を縷々説明したりした。

私「教授って、何教えるんですか?」
久恒氏「図解! 図解を学問として体系化したいと思う」
私「はぁ・・・?(なんだそれ・・・)」

それは図解の技術が大ベストセラーになる前の話である。

今では時空社内で資料作りには図解を採用している。
入社最初に言われるのは、顧客満足・マーケティング・図解の三点セットである。

久恒氏「それで開学前だけど、宮城大学に明日来てくれないかな」
私「それは嬉しいです。中を見てみたかったので」
久恒氏「そこで野田学長を紹介するよ」
私「はぁ・・・そんな偉い人を紹介されても・・・」

それが二人目の先生、野田一夫氏との出会いである。

続く

n2ublog-00043 at 00:10 │Comments(0)TrackBack(0)clip!読書  | 交遊録

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