2008年04月12日
白洲次郎
どんな人になりたい?と聞かれれば、即座に答える人物がいる。白洲次郎だ。まぁ、この人はカッコイイ!!彼のことを書かれている本を読めば多くが憧れるだろう。
終戦直後、アメリカ・GHQの占領下にあった日本において、主権を取り戻さんとして、時の宰相・吉田茂のもと、昭和の鞍馬天狗のごとく丁々発止の活躍をしたのが、白洲次郎だ。
占領政策をすすめるGHQ相手に一歩も退かず、日本国憲法誕生に関わった。
わが道を行く天衣無縫の気概。物事の筋を通し、自説を枉げぬ強靱さ。
プリンシプル(原理・原則)を貫く信念。GHQ相手に言い放った言葉からもわかる。
「われわれは戦争に負けたのであって、奴隷になったのではない」
こんなエピソードもある。
昭和天皇からダグラス・マッカーサーに対するクリスマスプレゼントを届けた時に、「その辺にでも置いてくれ」とプレゼントがぞんざいに扱われたために激怒して「仮にも天皇陛下からの贈り物をその辺に置けとは何事か!」と怒鳴りつけ、持ち帰ろうとしてマッカーサーを慌てさせた。マッカーサーは当時、神と崇められるに等しい存在だったが、白洲次郎に申し訳ないと謝った。
誰が相手でもプリンシプルを曲げない!相手の肩書や役職に媚び諂うようなことは一切しない。実に痛快である。
吉田首相退陣後は一切政治から手を切り、東北電力会長を務めた。ここら辺が坂本竜馬に似ている、権力に連綿としないのだ。
オイリーボーイと言われた車好き。愛車はポルシェ911。
その愛車さえ、「"No Substitute"(かけがえのない)車を目指せ。」とトヨタ・ソアラの開発陣へ寄贈した。
「風の男 白洲次郎」の表紙でジーンズを履いているが、ジーンズを履いた最初の日本人とも言われている。ちなみに世界最強のジーンズ作ったのは俺ね(^^;
日本史上に名が出なかったり、知る人が少ないのは、売名行為などということに興味がなかったからだろう。
遺言書には「葬式無用 戒名不用」と記してあった。
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この記事へのコメント
1. Posted by
minako
2008年04月13日 19:41
白州次郎、私も大好きですよ(笑)




