2008年05月11日

宮城県沖地震の記憶1

最近地震が多いよね。なんか不気味である・・・

大地震の記憶と言えば、宮城県沖地震である。
1978年(昭和53年)6月12日17時14分44秒、M7.4の地震が発生した。

中学校1年生だった。友達と家でゲームボードに興じていた。
一回目の余震。軽い地震で、あまり気にするほどものではなかった。

しかし、数十分後。ゴゴゴゴゴッと地鳴りが遠くから聞こえて来た。するとカタカタと揺れ始めたと思ったら、大きな突き上げが来た。

そこからは凄い状態だった。平屋の部屋は外の道路に面しており、周囲がよく見えた。

家の柱は時計で言うと10時と2時くらいの角度で揺れ、家が倒壊するかと思った。
周辺道路沿いのブロック塀は「パタパタ」音をたてて倒れ、近所の家の瓦が次々と落ちて来る。電線は縄跳びの縄のごとくしなり、庭木や家財はすべて倒れてきた。

極めつけは地割れ。道路に亀裂が入り、それに合わせて「シュパー」っと水道管が割れて水煙を次々と上げていく。映画で見たことがあるが「地割れって開いたら、終息時に閉じて来る」!これを目の前で見た。

交通事故の瞬間のように、すべてがスローモーションに見えた。
1分もなかっただろうが、地震後はすべてが変わっていた。

何もかもがグチャグチャ!!

ライフラインは寸断。電気も水も食料も手に入らない。ロウソクの灯で何夜かを過ごした。
それを思うと、ミャンマーのハリケーンの被災者が気の毒で仕方ない(T_T)

以来、あれ以上の地震に出会ったことはない。

20年以内に必ず起こると言われる宮城県沖地震。ライフラインはもとより、会社の体制も考えておかなくてはいけない。

でも、東海大地震や関東大震災などが起こったら、宮城県沖地震どころの騒ぎではないのは間違いない。。。どうなってしまうんだろう???


n2ublog-00043 at 00:02 │Comments(0)TrackBack(0)clip!雑記 

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